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♪寺子屋に学ぶ♪
「勉強忍耐は才力智徳の種子なり」
>耐えて勉強することが才能、知識、道徳を伸ばす基になる、という意味。

これは、日露戦争で旅順を攻略した明治の陸軍大将、乃木希典(のぎまれすけ)の言葉です。



この言葉を保育園の子どもたちがすらすら使い、しかも30分の講話を脊筋をしゃんと伸ばして聴くことができるというのです。

とある保育園で取り入れている「寺子屋授業」の効果だそうです。



こうした日本の偉人伝を主なテーマにした「寺子屋授業」を、ある企業が出張で行っている所があるとか。

この会社の社長さんは、ナイジェリアやアメリカなど延べ15年に及んだ海外赴任から帰国した時に、久しぶり日本の子どもたちを見て「カルチャーショック」を受けたそうです。

「出勤途中、集団登校で待ち合わせをしている小学生は、友だちと会っても嬉しそうな顔しない。挨拶もしない。こころが動いていない。中学生も同じ。
子ども同士が朝、会って黙ってるなんて、海外では考えられなかった。」と。


動機は「子どものこころを 動かしてやりたい。」


そこでふっと思い立ったのが、
「お手本となる生き方を、偉人伝を語り聞かせる”寺子屋”を作ろう。」ということだったらしいのです。


西郷伝では、
「幾たびか辛酸を経て志始めて堅し 丈夫玉砕するも甎全(せんぜん)を恥ず(立派な人は玉と砕け散っても何も為さないことを恥じる)」

という言葉をただ”暗唱”させます。

そして時には釈迦が弟子の半託か(はんたか)に語ったとされる言葉をそのまま教えます。
「ただ一言をしっかりと覚えなさい。その一言とは”汚い言葉を使わない”ということだよ。」と教えるそうです。



「意味より、美しい言葉を覚えさせたい。子どもたちは何かを感じとってくれるでしょう。」
とは、寺子屋授業を取り入れている保育園の園長さんの言葉です。



本を通じて、また<先人たちの活きた言葉>を通じて、頭の理解では得られない、”こころに響く”道徳心や人としての道が伝わるのだと思います。

子どものまっすぐな心に届く言葉は・・・理屈ではないのかもしれないですね。



こども
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♪保育園をハシゴ?♪
「保育園をハシゴ?」

という新聞のコラムに目がとまりました。



ある女性新聞記者が、二人目を出産し育児休業を終えて職場復帰のために、保育園の相談に自治体へ行ったところ、あっさりと断られてしまったというお話です。

理由は
「空きがないので、姉弟を同じ保育園に入れることは不可能です。」

と、さも当たり前のように言われたとか。



う〜ん・・・
何か矛盾を感じます。



私にはそういう経験はないですが、「定員」の枠に入らないからという理由だけで、兄弟姉妹で同じ保育園に通えないなんて、親御さんにとったら切実な問題ですね。

結局、この記者さんは、”引っ越して”認可外保育園に二人一緒に預けることができたそうです。



出産予定日をヤキモキしたり(保育園は新規募集の4月が入り易く、年度末ほど入りにくい。つまり予定日が冬だと、いろいろ難問が降りかかる。)姉弟が同じ保育園に入るために引っ越したりと、実際に入園するまでにかなりの労力を使う「保育園選び」。


「ストップ・ザ 少子化」という前に、やはり何人産んでも安心して預けられる環境があることが、まず先にありきだと思った今回の記事でした。


「兄弟姉妹を、同じ保育園に通わせたい。」という自然な感情を、ただ受け入れてもらえるかどうか・・・こんな当たり前のことが難しくなっているのですね・・・
こども
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♪ままごとの”役”の変化♪
「おままごとで最近、人気なのはかわいがられるペットの役。母親役は人気がない。」

保育園でのままごと遊びの中で現れている、昔と違う現象だそうです。



同様に、
「昔は、お母さん役は奪い合いだった。今は、手をあげてやってくれる子はほとんどいない。」とは、
児童精神科医のコメント。



また、
「○○ちゃん、今日だけでいいからお母さん役やって。」と保育士が子どもに”頼んで”子どもがしぶしぶ引き受けても、他の子に「あれして。これして。」と指示ばかりしているという。

中には
「お母さんは死んだことにしよう。」
「お母さんは入院していることにしよう。」と、母親役なしでおままごとをしようとする子どもも。

男の子もやはり、父親役がうまくないとか。



これは何を表わしているのでしょうか・・・



子どもたちにとって、「真似をしたい」お母さん・お父さんではないのでしょうか。
子どもたちにとって、「魅力ある」お母さん・お父さんではないのでしょうか。



口に出さなくても
「お母さんのようになりたい。」と慕ったかつての親子関係と隔たる話を良く聞く、と結んでいます。



私も子どもの頃は、例外なく”おままごと”をして遊びました。
記憶にある限り、お母さん役は何人も「したい!」と言って、じゃんけんなどで決めていたと思います。

お野菜切って料理を作ったり、「ご飯ですよ〜。」とお子どもたちを呼んだりするのが心地よかったような気がします。

自分の母親のようになりたいというよりも、「母親」というイメージの持つ大らかな暖かい存在に憧れていたのかもしれません。




そうそう、「サザエさん」ごっこは、人気でした^^





こども
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